トータルクリエイターへの道。
さて、1年あまりにわたって書き綴ってきた当ブログですが、ようやく「現在」にまで近づいてきました。ちょっと長かったですね。
でも、伝記などを読むと(たとえば幕末あたりとか)、僕くらいの年齢で死んでいる人はいくらでもいます。そういう人でも小説やら、物語になったりするわけだから、うっかり自伝めいたものを書き始めたら、こんなつらつらした感じになってしまうものなのかも。
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さて、1年あまりにわたって書き綴ってきた当ブログですが、ようやく「現在」にまで近づいてきました。ちょっと長かったですね。
でも、伝記などを読むと(たとえば幕末あたりとか)、僕くらいの年齢で死んでいる人はいくらでもいます。そういう人でも小説やら、物語になったりするわけだから、うっかり自伝めいたものを書き始めたら、こんなつらつらした感じになってしまうものなのかも。
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さて、数回にわたって阿佐ケ谷を離れる頃の顛末を語ってきました。とにかく、あの時は嵐が吹き荒れていました。そして僕は、結果的にその嵐に吹き飛ばされたのかもしれませんが、それはそれでおもしろい経験でした。
今回話したいのは、「改名」のことについてです。それまで名乗っていた「村崎那男」から「長沼敬憲」に名前を変えたのも、じつはこの嵐の時期だったからです。
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5年間いた阿佐ケ谷での日々は、最後は「夜逃げ」という予想もしなかった結末で幕を閉じました。現場の仕事を放棄したのは言い訳できないペナルティーですが、このまま続けていたらライターの仕事に大きな穴を空け、しかも返済できない借金はすべて両親の(あるいは親族の)負担になっていたでしょう。
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この時期、僕にはやや大きめのライターの仕事がいくつか舞い込んでいました。たとえば、前回のところで書き忘れましたが、春に僕が「失踪」した時、前に働いていたテレビ誌の制作に携わる編集プロダクションから、数年ぶりくらいに仕事の依頼が来ていました。
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阿佐ケ谷にいた5年間、特に「施工」にかかわっていた最後の1年弱は、いま思ってもかなりの激動の時代だったと思います。まさに嵐の中に巻き込まれたという感じ。ただ僕は、日に日に厳しくなっていく「ボス」に、僕なりの覚悟で接してはいました。
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すべてが中途半端な状態のままに、突然の嵐に飲み込まれるように、新しい「事業」に仕参加する毎日が始まりました。やっていたことは、主にオフィス家具、床、間仕切りなどの施工、それに時々解体の仕事なども入ってきました。正直、その場に僕がいてもいいのかという仕事ばかりです。わからないことだらけで、なかなか覚えるのも難しい、道具も必要(金がかかる)、何よりも目茶苦茶体力が要る……。
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街おこしのホームページの取材、音楽関係のイベントの裏方……、気がつくと「作家」という肩書からどんどんと離れ、しかもそれらの一つ一つがなかなかの「大事業」で、どれもすぐには形にならない。
もっと「楽な」生き方はいくらでもあったと思いますが、僕自身の本能は、この時どこかでそれを拒否していました。自分の「やりたいこと」をする。そう言えば聞こえがいいですが、それはある意味で自分の成長を停滞させてしまう「ぬるま湯」でもあります。
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さて、阿佐ケ谷の「ボス」のもとで、約5年間、自分が「エディター」であるのも、「作家」であるのもわからないくらい様々な仕事をしてきましたが、そのなかでも最も時間を費やすことになったのは、やはりホームページ関連の仕事だったでしょう。
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